Hanami で dangerous.
新学期の始まったふぁんた学園。
自己紹介なども済み、クラスメートたちも打ち解けて会話するようになってきた。期末試験と夏休みを前になんとなくクラスが浮き立つ中、『YAHO』は相変わらず、惰眠と無愛想の繰返しで、みんななんとなく遠巻きにする、と言った感じ。
どうやら以前からの知り合いらしいアイシュやシルフィスが、目のあいている時に話し掛け、ぼそぼそと返事を返すのが常である。
ただし、そこにA組のシオンがやってくると、様相はがらりと変わるのだ。
「なんだぁ?熊はまた寝こけてやがるのか?」
机に突っ伏した熊を面白そうにシオンが突付く。
ガタン、と音がした瞬間。蒼い髪の男子生徒は、後ろに飛び避けていた。
椅子を蹴倒して、熊の短い足が、さっきまでシオンの立っていた場所に突き出されている。
「ちっ、年のわりにはすばしっこいやんけ」
苦々しく呟いて、熊は倒した椅子を元に戻した。
どすんと腰を落し、にやにやと見返す男子生徒を睨みつける。
「熊のわりには、反応早ぇじゃねぇか」
なんとも凄まじい会話だが、これが二人の挨拶である。
「で?なんの用や?」
「おう、花見行こうぜ」
のんきに笑うシオンに、熊は眉を寄せた。
「もうとっくに山桜も藤も菖蒲も杜若も終わってるやんか。萩には早いで」
「俺の秘蔵の美人さんが、ちょうど見頃でな。賑やかなのが好きな姥桜だから、宴会してやると喜ぶのさ」
そこになにやらピンとくるものがあったらしい。
「もしかして・・・山の御寮人(ごりょん)さんか?」
はたしてシオンが頷いた。
「そ♪」
「何が秘蔵や。ま、御寮人(ごりょん)さんに会うのもひっさしぶりや。・・・・・・・・あいつの代わりに行ってやるかな・・・」
ふと洩らされた、熊には似合わない呟きに、シオンがなんとなく柔らかな笑みを浮かべたとき、二人の後ろで小さな悲鳴があがった。
振り向けば、クラスメートの女子生徒が、何もないはずなのに躓いて、倒れる寸前である。
ふわりと、蒼い髪が揺れ、少女はがっしりした腕の中に抱きとめられていた。
「大丈夫かい?嬢ちゃん」
「はい・・・ありがとうござい・・・っ!!?」
のんびりと礼を言いかけて、自分の置かれた状態にやっと気がついたらしい。
瞬時に真っ赤になって、酸欠の金魚の如く、口だけがぱくぱくと動く。
「ん〜?ど〜した?嬢ちゃん」
悪戯心が首をもたげたらしい男が、にまにまと聞き返すのに、熊が笑う。
「勘弁したったりぃな。目ぇまわしてるで」
その言葉どおり、大人しそうな少女は、シオンの腕の中で失神していた。
「あれま・・・」
「可愛そうに、間近でその顔見ると、インパクト強いさかいな」
呆れ顔の熊に、シオンはさらに笑み崩れる。
「美形過ぎて目が回るってか?罪な男だねぇ」
「言っとけドアホ。で?宴会のメンバーはどないなってる?」
伸びた女性徒を抱いたまま、シオンは手近な椅子に腰をおろすと、開いた片手の指を折り始めた。
「え〜と、お前さんだろう?滉達は勿論来るとして、メイも姫さんもガゼルも来るって張り切ってたし、姫さん来るなら当然セイルがくっついて来るんだよな。先公加えるのは御免だが、こいつはしょうがね〜か。ま、ここまで来といて、お前さんだけに声掛けたんじゃ薄情だ、この嬢ちゃん・・・ソーニャだったよな、とアイシュとシルフィスも混ぜようぜ」
「アイシュなら、キールが来ぃひんと寂しがるやろ?ま、あいつは宴会嫌いやけどな・・・」
「ああ、誘ったけどよ、きっぱり断ってきやがったぜ」
「しゃあないな・・・奥の手出すか・・・」
熊とシオンの会話中、一度正気を取り戻したソーニャは、変わらぬ現状に再び失神していた。その周りを、ぼんやりとした影が、羽音を立てながら飛び回る。ソーニャの使い魔のダミアである。
熊は、その猫をひょいと捕まえて膝に乗せる。飼い主以外には懐かないはずの使い魔が、暴れもせずに膝に座る。もっとも、その光景は誰にも見えないのだが。
「まあ、段取りはそれでええな。ほんなら、そろそろその子離したり、こいつが心配しとる」
何も無い空間をなでているように見えるが、シオンにも、なにやら魔力らしきものは感じ取れる。肩を竦めて立ち上がると、今までかけていた椅子に、伸びたままのソーニャを座らせた。
「じゃあ、そ〜いう事で、ヨロシク」
ひらひらと後ろ手を振りながら出て行く男に、今度は熊が肩を竦ませていた。
さて、花見の前にしなければならない事。
それは山登りである。
なにしろ目的の古桜は、学園を臨む山の中腹にあるのだ。
初夏とは言えど、天気は良いし、夕暮れ間近で風も涼しく、登りは緩やかで、それほど苦になるものでもない。
一行はピクニック気分で進んでいたが、何処にでも運動が不得手であり、なおかつ体力も無い者がいる訳で、健脚な一行から、かなり離れて約二名ほどが、のたのたと歩いている。
「すみません・・・キールさん・・・つき合わせてしまって・・・」
既に上がりかけた息を、どうにか宥めながら、ソーニャは傍らを歩く生徒会長に詫びを言う。
「・・・・・・・・・嫌味か?」
実に不機嫌に、キールが返事を返した。
彼もまた、額にうっすらと汗をかいている。日がな一日図書館に篭り、自分の研究に没頭している彼の日常は、およそ運動とは程遠い。故にいい加減体力の限界にきているのだが、同じようにのたくたと歩く彼女に、同情で付き合っていると思われたのでは、なんとも身の置き様が無いのである。
しかし、同じ双子とは言え、兄のアイシュの基礎体力の高さはどうだろう。
彼はほえほえと多少心許無い足取りながら、中堅グループにしっかり食い込んでいるのである。今のところ、一度も転んでいない。
そのアイシュが振り向いて、不機嫌なキールと、へたばる寸前のソーニャへ、能天気な声で手を振った。
「キール〜。ソーニャ〜。先頭はもう目的地についたみたいですよ〜。もうすぐですよ〜」
遙彼方からのそんな励ましに、キールは忌々しげに息を吐いた。
「ったく・・・だから嫌だったんだよ・・・」
こんな些細な事でも、兄との差を感じるのは、なんとも癪に障る。
ぶつぶつとぼやくキールの横で、少しだけきつくなった坂に、完全に限界に来たらしいソーニャが、小さな石に躓いた。
「きゃっ」
「危ない!」
とっさにキールが支えたものの、彼の足元もやはり限界だった。ぐらりと視界が傾き、坂の下に向けて膝が崩れる。
「うわー!」
「キール!」
「ソーニャ!」
アイシュとシルフィス、ソーニャの保護者として来ていた聖という青年が、慌てて坂を駆け下りる。たがかなり離れていた中堅グループの位置からでは、二人の落下を食い止めるのは不可能に見えた。
キールもソーニャも覚悟をして目を硬く瞑る。
だが、身体の傾ぎは、途中で何か柔らかなものに押し止められた。
「ふぅ・・・危機一髪ね」
少しだけ鼻にかかった、甘ったるい響きのアルトの声が、耳元でかすかに笑う。
そっとソーニャが目を開くと、黒髪に縁取られた、白い顔が笑っていた。
YAHOの家の居候その4、津川魅羅である。
「あ・・・有難うございます・・・魅羅さん・・・」
慌てて礼を言うと、アーモンド形の黒い瞳がにんまりと細められる。
「お礼なんて、良いのよ♪ソーニャ♪」
言いつつ、ソーニャがしがみ付いていたキールを無造作に引き離し、そのまま華奢な身体を抱きしめる。
「ん〜可愛い♪」
膝より長い黒髪が、肩口でさらさらと音を立て、それがソーニャの銀髪と重なって、実に倒錯的である。
その光景を見ながら、キールは呆れたように溜息をついた。こっちは礼を言う気も無いらしい。
「あ――ありがとう。魅羅さん・・・」
やっとやってきた聖が、些か気後れしつつ、大柄な美女に抱きしめられている少女の礼を言う。
「気にすんなって。こいつは、趣味と実益兼ねてるだけさ」
不意に後ろから、明るい声が降ってくる。
振り向けば、鮮やかな金褐色の髪と瞳が目に飛び込んできた。
「滉――さん?」
YAHOの家の居候その1、津川滉。
「ああ、滉でい〜ぜ。脱落組みを拾いに来たのさ。お前んとこの連れ、俺が運んでもいいか?」
足音すら感じさせずに後ろに立つ男に、聖は目を見張った。が、当の滉は、人好きのする笑みを浮かべたまま、聖を見ている。
「何で聞くんだい?」
「保護者だろ?」
そう言われればそうかも知れない。
「なるほど」
「一応断っとかねぇとな。んじゃ、持ってくぜ」
言うなり、ソーニャに抱きついている魅羅を引っぺがし、ひょいと持ち上げて歩き出す。
「ちょっと!何すんのよ!?」
魅羅が抗議の声を上げるが、滉は取り合わずにすたすたと歩き出した。
ソーニャといえば、あまりの急展開に、すっかり目を回しているようである。
「やれやれ……」
あっけにとられて見送った聖は、肩を竦めて後ろを歩き出した。
「大丈夫ですか?キール」
気遣うシルフィスに、曖昧に頷いたキールは、一人足りないのに気がついた。
「兄貴は?」
確か転ぶ寸前、走り始めたアイシュを見た気がしたのだが?駆けつけたのはシルフィスと聖の二人だけ。
キールの疑問に、シルフィスは困ったような笑みを浮かべた。
「アイシュ様は……途中で転んで、足を捻られて……あそこに」
そう言って指差す先には、滉と同じ金褐色の髪の人物に背負われた、アイシュの背中が、坂の途中に見える。
「光さんが通りかかって運ぶと言って下さったんです」
「なにやってんだよ……」
盛大なため息をつくキールに、シルフィスは苦笑するしかない。
「あいつのドジは何時治るんだ?」
ぼやきつつ歩き出すと、シルフィスは自然に横へ並び、続いて聖が肩を並べた。
「光さん〜すみません〜」
背中で恐縮する青年に、YAHOの家の居候その3、津川光の金褐色の目が細められる。
「気にしなくていいのよ、アイシュ」
「でも〜女性に背負ってもらうのは、何とも申し訳なくて〜」
軽々と青年を背負いながら、光はくすくすと笑う。
「気にしない気にしない。同じ双子の片割れ同士じゃない」
「ありがとうございます〜」
「いいのよ〜♪あ〜あ、あいつもアイシュみたいな兄貴だったら良かったのに」
「え〜そんなことないですよ〜滉さんもいい人じゃないですか〜」
「お人好しだけどね〜あの女癖がねぇ。実の娘と女取り合ってるんだもん」
「……・そうなんですか〜……」
津川家の真実に、アイシュが絶句する。光はしみじみとため息をついた。
「私、アイシュ見ていると、もう一人の兄貴思い出して、なんだかほっとするのよね」
「え〜僕がですかぁ〜」
「そ〜よ♪学って名前だったんだけどね〜…」
双子の片割れ同士、なにやら話が弾んでいるようである。
山の中腹には、樹齢ん百年という桜の古木がある。どれだけ年寄りなのかは年輪でも見ないと判らないだろうが、幹の太さは、大の男が三人手を繋いでやっと一周するほどだ。その姿は見事な枝振りと、満開の時の少し紅繋った花びらの美しさから『山の御寮人』と呼ばれている。
「今年はえらい遅かってんなぁ」
満開の桜の下、幹に手をかけながら熊が頷く。どうやら眠らずに先頭グループでたどり着けたらしい。
「去年は12月だったんだぜ」
なにやら身支度に忙しいシオンが苦笑する。
「相変わらず気まぐれなやっちゃなぁ」
どうやらこの桜。毎年開花時期が違うらしい。
「ああ、おかげさんで、咲くまで気が抜けねぇぜ。こんな美人見逃したら、花好きの名折れだかんな」
笑う魔導士に、熊が肩を竦めた。
「自分もマメやなぁ。わしには想像つけへん」
言いつつ木の下に広げられた緋毛氈に、どかりと腰をおろす。
そこには既に宴会の準備が出来上がり、後続部隊の到着を待つばかりとなっている。薫り高く目にも楽しく盛り付けられたお重が幾つも並べられ、酒の壜の林に、未成年用のジュース類も抜かりなく用意されていた。
「はい、出来ましてよ」
ポンと帯を叩く白い手を、シオンが素早く捕らえて指に唇を落とす。
「ありがとさん。何やらしても完璧だねぇ、お前さん」
艶っぽい笑いを含んだ飴色の目が、手の持ち主に注がれる。絶世の美女といっても過言じゃないくらいの美人がそこにいた。
YAHOの家の居候その2、津川ダフネ。なんと、滉の妻である。
ふんわりした栗色の髪が白い卵型の輪郭を浮き上がらせて、その中でひときわ印象に残る紫色の瞳が、鮮やかな半月を形作る。
「ありがとう、シオンさんにそう言って貰えるなら、私もまだまだ大丈夫かしら?」
気障ったらしいシオンの仕草に少しも動じず、にっこりと笑い返す。華奢な肩を竦める仕草がなんとも可愛らしい。
「大丈夫どころか、滉から、俺に乗り換えねぇか?」
何時ものような口説き文句。しかしターゲットは判った上でにっこりと微笑んだ。
「あら、それじゃあ何も変わらないじゃないですか。乗り換える意味が無いわ」
「あ〜らら。ツレねぇの」
業とらしく肩を竦める男に、既に準備を終えて場所を確保していたメイとディアーナが笑い転げる。
「あははは、だってシオン。ダフネはあんたみたいなタイプに慣れちゃってるもんね」
「そうですわよ」
「ね〜♪」
きゃらきゃらと笑い転げる少女二人は、実に華やいで可愛らしい。何故なら、夏の夜に良く似合う浴衣で、しっかり決めているのだ。メイは藍染めの朝顔が大きく開いた地柄に、朱鷺色の帯が鮮やかで、ディアーナは白地に薄紫と黄色の蝶が華やかに舞い散っており、帯は僅かに紫がかった桜色。二人ともダフネの手になる髪を上げた姿が、華奢な項に清楚な色気を醸し出して、さすがの女誑しも一瞬見惚れて立ち尽くした。
その横にシオンから避難したダフネの、黒絽の一重に包まれた若妻然とした姿が加わり、いそいそと御重を広げ始める。
「シオン。突っ立っていないで、座るか何かしたらどうだ?じゃまでしょうがないぞ」
「へ〜へ〜」
緋毛氈に優雅に陣取ったセイリオスに文句を言われて、シオンは肩を竦め、その横に座わった。
「それにしても、何で自分らも浴衣着とんねん?」
麦茶のペットボトルから喇叭呑みをしていた熊が、二人を眺めて呆れた声を出す。
そう、セイリオスは松葉崩しの江戸小紋。そしてシオンは、藍染めの地に、でかでかと念仏が白く染め抜かれた、実に派手な柄である。どちらも津川の美人妻の力作なのは間違いない。
「この季節の花見の正式な格好ではないのか?」
お育ちそのもののようにおっとりと、ふぁんた学園の理事長はのたまった。横でさりげなくあらぬ方を見るシオンに、熊がため息をつく。
「シオン、それ、誰から聞いたんや?」
「ん?滉」
「さよか・・・」
まあ確かに『花○見』なのかも知れない。浴衣を着るのは。
一字足りないような気もするが・・・
法螺を言い放つ居候も居候だが、法螺と知りつつそのまま親友に教え込むこの男もこの男である。
しかし・・―――ええか、おもろいさかい―――熊にも普通の神経は無かった。
後続部隊が、落穂拾いの津川一家とともに到着すると、いよいよ宴会の開始である。
待ちかねていたガゼルが(彼は甚平が気に入ったようだ)重箱の制覇を目論み、次々と胃袋に放り込んでいくが、大量の料理はまだまだたっぷりある。
シオンは滉と呑み比べをはじめ、ザル同士の勝負に横でセイリオスと聖(いなせな細目格子の浴衣が良く似合っている)が呆れている。目を転じれば、着くなり先着の女性陣に捕まったシルフィスとソーニャが、光や魅羅も加わって、あっという間に浴衣姿にされていた。
「私は……まだ、女性でもないんですし・・・」
頬を染めて照れるシルフィスに、メイが思いっきり首を振った。
「似合うんだからい〜じゃん。気にしないの!」
金の髪に良く映える、薄い若草の地は、裾へいく度色が濃くなり、そこに竜胆があしらってある。帯は髪に合わせてか明るい黄色の博多帯。実に楚々とした雰囲気である。
「シルフィスさんは似合ってますよ〜・・・でも私は・・・」
すっかり気後れしてしまっているソーニャはというと、濃い青地に枝垂れ藤が散らされて、桜色の帯が華やかさを加える、実に銀の髪に映えた色合いである。
「何言ってるんですの、ソーニャも似あってますわよ」
「そうよ〜♪かっわいいっ♪」
ディアーナの言葉尻を取って、ドサクサ紛れに抱きつく女好きの女、魅羅は濃い赤と黒のめくら縞、銀散しの黒帯が二重太鼓に結ばれているのは、年を考えての事か?
ダフネとお揃いの黒絽の一重になった光が、その光景に笑っている。
「賑やかで〜華やかで〜たのしいですね〜」
桜の舞い散る下、女達のそんな光景に、麦茶を啜りながら目を細めているアイシュは、何時の間にやら、白地に紺ススキの江戸小紋という、実に地味〜な姿である。とてつもなく似合ってはいたが。
「おい・・・好い加減、あれ、どうにかしろ」
アイシュと同柄だが色目を逆さまにした浴衣を着た(本人は強弁に嫌がったのだが、シオンと滉に無理矢理着せられた)キールが、女性陣に向って顎をしゃくる。
「んあ?」
皆と一人分の空間を開け、煙幕よろしく煙草を吹かしている熊が、剣呑な視線に片眉を上げた。
こいつだけはNY市警察のスワットユニフォームという、実に浮いたカッコウのままである。
伊達眼鏡の奥で、キールが眉をひそめた。
「とぼけるな。あれ、だ」
再びしゃくる顎の先には、相変わらず賑やかに騒いでいる女たちが居る。
「ああ、『あれ』かいな?ええやんか、別に害は無いで。気のいい浮遊霊やし」
「お前な・・・」
軽く笑う熊に、生徒会長の視線が更に剣呑になる。
キールと熊が気にする方、別に女性陣の騒がしさを言っている訳ではない。熊とキールの目にだけ見えているのは、その華やかな中にいる麗しのアンヘル・・・の、右肩に乗っかっている物体、というか影の事である。
宴会嫌いの生徒会長を兄の為に引っ張り出す強硬手段。
熊はシルフィスに浮遊霊をくっつけて、『研究素材』が惜しいなら、言う事を聞け、と脅したのだ。
キールの特殊能力につけこんだ、姑息な手段であった。
「この宴会が終わる頃にはちゃんと成仏するで。美人と宴会したいってのが未練の奴やし、あかんかったら、わしが叩き返したるさかい」
安心しいや、とひらひら振られる手を、キールは疑り深く睨み据えていた。
「自分も、人の事、もうちぃ〜っと信用したったれや。可愛え冗談や無いか?」
「お前のは性質が悪すぎる・・・」
あくまでも疑りの目を向ける生徒会長に、熊は構わず宴会の輪の真ん中を指差した。
「気にすんなて。ほれ、メインイベントがはじまるで」
熊の指差す方。そこにはなにやらでかいスピーカーとテレビ付きの機械が持ち出されていた。こんな山の中に良くまあ運んだものだが、その横で、マイクを握り締め、メイがはしゃいだ声を上げる。
「は〜い♪じゃあ一番手、藤原芽衣、『ラムのLOVEソング』歌いまーす♪」
景気のいい前奏と共に、テレビに何かのアニメ画面が映し出される。そして浴衣の袖を振りながら、可愛い声が歌い上げていく歌詞は、浮気な彼氏に可愛く悩む彼女の心情。
「なんか、実感こもってんなぁ・・・」
滉がぼそりと呟いた。
宴は続く。
カラオケはあらゆるジャンルと地域を網羅し、さすがはセ○カラ、と誰かが呟いた。
しかし、シオンが満を持して『天城越え』を熱唱するに至って、皆が引きつっていたのは、説明の必要も無いだろう。
ふんだんに振舞われる酒と料理。
盛り上がっていく中で、キールがちらちらと、熊の横にぽっかりと開いている一人分の空間を気にしていた。
「どーしたの?キール?」
宴会奉行よろしく、皆のコップに酒やジュースを注ぎまわっていたメイが、落ち着きの無い様子に首を傾げた。
「・・・・・・なんでもない」
憮然とした返事に、熊とシオンが苦笑した。
「おい、熊、そいつ、見えてるんじゃね〜のか?」
何本目か判らない一升瓶『清酒真澄』を空にして、滉が笑う。
「せやなぁ」
熊が頷き、メイが首を傾げる。
「何何?また、『あなたの知らない世界』?」
実も蓋も無い言い方に、キールのため息が被る。
「まあ、そろそろええやろ?」
問いかけは、誰も居ない空間へ発される。熊がにやりと笑う。
「ほんなら、いくで」
もそもそと立ち上がった熊が、桜の木の幹に手を掛けた。
「宇宙天地興我力量降伏群魔迎来曙光吾人左手所封百鬼尊我号令只在此刻」
静かに経文が詠唱される。
「天地混沌乾坤蒼范人世蒙塵鬼怪猖狂天空海闊鬼面仏心鬼哭啾啾霊感散消」
熊が開けていた空間に、なにやらぼんやりと浮かび上がり、詠唱終了と共に、にっこりと笑う艶やかな着物の女性が現れた。
「YAHO、おおきに」
濡れ濡れとした見事な大丸髷を軽く揺らせて、眉を落として鉄漿を入れた美女(いっちゃなんだが、ちと怖い)が微笑む。
熊が杯を手渡した。
「御寮人(ごりょん)さんも、混ざりたいやろ?」
「ええ、楽しおすなぁ」
桜吹雪の見事な着物の袖が、杯と共にゆらゆら揺れる。どうやらこれが、この桜の精らしい。
いきなり人外の存在の乱入に、はじめは戸惑っていた参加者たち(勿論津川とシオンを除く)も、派手で美人で乗りの良い、気さくな御寮人に引っ張られ、宴会は更に盛り上がっていく。
「ほなら、『喝采』いかせて貰いますえ♪」
マイクを掴んで御寮人がお辞儀なんぞをする。
やんやの声援が湧き上がった。
賑やかで華やかで、そのくせ多少の危険を孕んで、山の宴は遅くまで続いた。
END